昨日は会社を早退させていただいて、私が高校時代~結婚する時まで家族で暮らした家に行ってきました。
もう何年も足を踏み入れていないその場所は、ずい分荒れてしまってました。
私が学生だった頃、そこには母がいて私たちの為にご飯を作ってくれていた。今でもその光景は頭に焼きついているんだ。記憶ってすごいもんだと思います。
二日前の夜、とある小料理屋の女将さんが電話をくれました。
その土地を買わせていただいたという電話でした。 驚きはしたけど、それは仕方ない。
そこは父の持ち物だし、その女将はもう何年も前から売ってくれと言っていたから、その日がやって来たということです。
で、一両日のうちに取り壊すというので、昨日娘と一緒に行ってきました。
荒れ果てた場所ですが、私はそこに行かなければいけなかった。 誰かは行って、最終確認をしなくてはね。何が残されているか判らないままにしてしまってはいけないような気がしました。
昨日は娘も一緒だったので助かりました。とても一人では無理でした。
どうしたもんかと悩みましたが、昨日は行ってきて良かったです。 私の物なんてどうでもよかったんだけどね。でも私はいつか死んでいくわけで、・・私の物は、私の物であって私だけの物ではない。 私の思い出がこんなことで消えてしまったら、寂しいのは子どもたちなのかも知れないです。
私にとって母の思い出が大事なように、娘たちにとっても、私の思い出はいつか大事なものになるでしょう!
昨日は、私の小学校、中学校、短大の卒業アルバムを見つけることができました。
私が幼い頃に撮った一枚の家族写真。そこには日本髪を結った綺麗な母がおりました。
・・、私を何年待っていたんだろう。
最近は新聞のお悔みの欄も見ないでしまうことが多く、父の生存もわからない日々でした。それが、こんな事情ではありましたが、まだ生きていることが分ったという次第です。
女将の話によると相変わらずのようで、私は笑ってしまいました。
相変わらずのごうつく爺さん。 年を取ってますますひどくなったのでしょう。女将の口ぶりでわかりました。
昨日は『人生二度目の最悪の日』』になるかと思われましたが、懐かしい思い出を持って帰ってくることができた最良の日になりました。
荒れ果てたその場所には、誰の目にも触れないで死んでいった猫の死骸がいくつもありました。 可哀相に。
いろんなものが私を待っていたような気がします。 やっと自分の役目を果たせた気がしてほっとしています。
昨日は良い日でした。『人生最良の日』と呼ぶことにしようと思います。
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